そんなこんなで高校時代、ちょうどこのころ、父親の転勤で、北九州市、
小倉に引っ越し。生まれてから、主に東京しか、生活した事ことがなかった、
私には、かなりのカルチャーショック。まず、一般家庭はほとんどが、あの
なつかしい、汲み取り便所。そのころは東京は少なくとも、23区はほとんどが
水洗便所。仮にも100万都市、北九州市の中心である小倉でもその程度。
下水道の完備も十分でなく、みちの両脇にはどぶが!!そのせいか夏になると、
蚊、ハエが大量発生。子ども時代の記憶が鮮明に蘇る事しばしば。また、私の通っていた、
県立高校は坊主頭が校則。かばんは肩掛けの布製。もちろん靴はズック。また微妙な方言に
悩まされながら、私の九州生活が始まったのです。この頃の生活の変化の最大のものは、
我が家がカラーテレビを購入したことです。当時の大卒の初任給は2万弱。カラーテレビは
なんと19インチで20万。父親も奮発したものです。ただし、父親はごく、普通の
サラリーマンです。念の為。それまで、電気屋でちらほらカラーテレビを見ていたものの、
夢のまた夢。縁遠いものでした。それが我が家でみれるとは!配達予定の日はあいにく
学校。一刻も早く家に帰りたくてしょうがありません。終業のベルがなるや否や、
脱兎のごとく教室を飛び出し、一目散へ家へ。玄関を開け、テレビの設置されている、
今へ。早速スイッチを入れると、鮮やかなカラ画面がとおもいきや、そこはいままでと
変わりない、黒白画面が?・・・・・・・なぜ?
2007年12月05日
半生日記3
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