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<title>半生日記</title>
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<description>幼少からの思い出を、身の回りの変化をからめせながらの日記</description>
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<title>半生日記10</title>
<description>３０歳を過ぎた頃、またまた、画期的な商品が発売されました。それは、ワープロです。その頃、仕事は、本社勤めになっていたので、丁度会社が初導入する、場面に居合わせたのです。OA時代のはじまりです。その導入された、ワープロは今の大型コピー機ほどの、大きさがあり、価格は２００万くらい。高価な商品だったのです。それも、本社にたった、１台。使用するには、数日前から、予約が必要でした。新し物好きな私は積極的に予約をし、仕事でもないのに、とにかくさわりまくりました。ディスプレィは、いまでは考...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-19T23:05:43+09:00</dc:date>
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３０歳を過ぎた頃、またまた、画期的な商品が発売されました。それは、ワープロです。<br />その頃、仕事は、本社勤めになっていたので、丁度会社が初導入する、場面に居合わせたのです。<br />OA時代のはじまりです。その導入された、ワープロは今の大型コピー機ほどの、大きさがあり、<br />価格は２００万くらい。高価な商品だったのです。それも、本社にたった、１台。使用するには、<br />数日前から、予約が必要でした。新し物好きな私は積極的に予約をし、仕事でもないのに、<br />とにかくさわりまくりました。ディスプレィは、いまでは考えられない、１０インチほどの<br />小さな黒白のもの。今からみるとお粗末なものですが、当時は、最先端の技術の象徴でした。<br />キーボードは、タイプライターの教本を買ってきて必死で勉強したものです。<br />はっきり言って、驚きでした。程なくして、FM8というパソコンが１台導入されました。<br />「パソコン」という響きに私は迷わずひきこまれました。欲しくて欲しくてたまらなくなったのです。<br />しかし、これも１式そろえると数十万円。とても手のでるしろものではありません。<br />その頃、パソコン言語として、ベーシックというものがありました。これからの時代、<br />ビジネスマンとして、生きていく為には、ベーシック習得は、必須である。というような、事<br />が、世間を覆っていました。私も右へならえとばかりに、テキストを数冊購入し猛勉強を<br />はじめました。ところが２０行、３０行くらいのプログラムを書くのも大変で、<br />たとえ作ったとしても、とても仕事にはつかえませんでした。<br />せいぜい、簡単なプログラムの入った、カセットテープを購入して遊ぶくらいが関の山でした。<a name="more"></a>

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<title>半生日記9</title>
<description>私が２７歳位になった頃、テレビ大好き人間の私にとって、カラーテレビに匹敵するような、商品が発売されました。そう、夢にもおもわなかった、ビデオレコーダーが発売されたのです。しかし、価格は４０万円位。とても手の出る代物ではなかったのです。欲しくて欲しくてたまりませんでした。まさに私にとっては夢なのです。それから、１年、買うチャンスもないまま、時はすぎたのです。私の好きなスポーツは、プロレス。それもアントニオ猪木が大好きでした。勿論、力道山の頃からのプロレスファンですが、とにかく猪...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-17T21:26:15+09:00</dc:date>
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私が２７歳位になった頃、テレビ大好き人間の私にとって、カラーテレビに匹敵するような、<br />商品が発売されました。そう、夢にもおもわなかった、ビデオレコーダーが発売されたのです。<br />しかし、価格は４０万円位。とても手の出る代物ではなかったのです。欲しくて欲しくて<br />たまりませんでした。まさに私にとっては夢なのです。それから、１年、買うチャンスもないまま、<br />時はすぎたのです。私の好きなスポーツは、プロレス。それもアントニオ猪木が大好きでした。<br />勿論、力道山の頃からのプロレスファンですが、とにかく猪木が好きだったのです。<br />その猪木が当時としては、画期的な試合、それは空手との異種格闘技戦だったのですが、を行い<br />それが、テレビで生放送する予定だったのです。しかし、その日は仕事。それも夜２３時まで。<br />到底、２０時の放送に間に合うわけはありません。悶々として、試合２日前、とうとう、なけなし<br />の貯金をおろして、ソニーのVTRを購入したのです。その頃は下がっていたとは言え、まだ３０万台。<br />大決断が必要でした。テープも高く、確か、２時間テープで１本、８０００円位したと思います。<br />タイマーなど、付いてるはずもなく、母親に放送５分前に電話して、手押しで録画してもらったものです。<br />この状況は一年ほど、続きました。ほどなく、タイマー付きの１０万円台の機種が発売され、<br />あわてて購入したのはいうまでもありません。しかし、まだまだ、この問題は尾をひきます。<br />当時、録画方式はベータとVHSの２方式に分かれていて、次第にベータは押され、次々と姿を消して<br />いったのです。私はソニーなので、珍論ベータ。ここでまた、悩んだ末、ベータを捨て、VHSに鞍替え。<br />テレビ好きは止まりませんでした。<a name="more"></a>

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<title>半生日記8</title>
<description>期限になっても、とうとう、慶応からは、合格通知はきませんでした。やはり不合格。２浪しようかな。とは一瞬思いましたが、不本意ながら、中央大学に通うことになりました。こういう、経緯で私の大学生活が始まったのです。この４年間は、非常に無意味に過ぎ去った４年間でした。クラブ活動、ゼミ、勉強などは一切せず、ただ、怠惰にすごす毎日。あっという間に卒業が、せまり、周りは次々と内定をもらっていきました。私も一応、会社訪問などしましたが、あまりにも成績が悪く、ほとんど相手にしてもらえません。そ...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-15T22:49:12+09:00</dc:date>
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期限になっても、とうとう、慶応からは、合格通知はきませんでした。やはり不合格。<br />２浪しようかな。とは一瞬思いましたが、不本意ながら、中央大学に通うことになりました。<br />こういう、経緯で私の大学生活が始まったのです。この４年間は、非常に無意味に過ぎ去った<br />４年間でした。クラブ活動、ゼミ、勉強などは一切せず、ただ、怠惰にすごす毎日。<br />あっという間に卒業が、せまり、周りは次々と内定をもらっていきました。<br />私も一応、会社訪問などしましたが、あまりにも成績が悪く、ほとんど相手にしてもらえません。<br />そして、ようやく、すべりこんだのが、当時ではまだ珍しい、ファーストフード業界。<br />そう、ハンバーガー屋さんです。まだ、伸び盛りで１年で何十もの新店がオープンしていた、<br />時代でした。私もようやく、社会人としてのスタートラインにたったのです。さいしょのお職場は<br />、静岡県の清水。家を離れ、３人二部屋の寮暮らしがはじまりました。しかし、伸び盛りとは<br />いっても、そこは地方都市。若者は少なく、かなり暇な店でした。そこを皮切りに５年くらい<br />の間に転勤が数回。その間に店長にもなり、かなりの数のアルバイトを使う身にもなりました。<br />ただ、よくいわれる、年商１億の経営者のつもりでやれ、それだけのスキルは身に付く。<br />といわれますが、今考えるとそんな、事は決してありません。資金繰り、支払い、税金など、<br />肝心な事は全部本部がやるのですから、本当の意味でのスキル、苦労は自分自身のものにはなりません。<br />外の社会に出て行ったら、通用しない事はその後、いやというほどわかりました。<br />世の中はそんなには甘くありません。<a name="more"></a>

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<title>半生日記7</title>
<description>そんなこんなで３校の受験を終え、放心状態。当時、早稲田大学は、返信封筒を願書と一緒に提出すれば、合格点数と自分の点数を教えてくれました。私は勿論、返信用封筒とともに願書提出。神頼み状態。そしていよいよ合格発表、まずは早稲田の商学部。自分では見にいく勇気などあろうはずもなく、母親に頼みこんでみにいってもらいました。私はひたすら、自宅で電話のなるのを待っていました。ほどなく、母親から電話。結果は？やはり不合格。目の前が真っ暗になりながら、受話器をおきました。やはりだめ。この時、２...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-13T21:25:45+09:00</dc:date>
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そんなこんなで３校の受験を終え、放心状態。当時、早稲田大学は、返信封筒を願書と一緒に<br />提出すれば、合格点数と自分の点数を教えてくれました。私は勿論、返信用封筒とともに願書提出。<br />神頼み状態。そしていよいよ合格発表、まずは早稲田の商学部。自分では見にいく勇気などあろうはず<br />もなく、母親に頼みこんでみにいってもらいました。私はひたすら、自宅で電話のなるのを待って<br />いました。ほどなく、母親から電話。結果は？やはり不合格。目の前が真っ暗になりながら、受話器<br />をおきました。やはりだめ。この時、２浪をはっきり覚悟しました。数日して、今度は慶応法学部の<br />発表。今度も自分ではいかず、母親に頼みました。今回は前回ほど緊張せず、ほとんどあきらめていたので、<br />かなり余裕でした。そうこうしているうちに電話がなり、それをとると、前回とは違ったトーンの母親の声。<br />結果は？内容を要約すると、確かに私の受験番号は掲示板にあった。あった事はあったが、<br />ただし、補欠蘭に！要するに、辞退者が出た場合、繰上げ合格になるとの事。学校関係者に<br />聞いた所によると例年、ほとんど、が繰り上げ合格になるとの事。母親はかなり有頂天。<br />私も半信半疑ながら、期待はふくらむ一方。それから、毎日１０回は、郵便受けを確認しに<br />いくことになりました。中央は合格したものの、そんなにはいきたいとは思いませんでした。<br />そのころ、早稲田から、結果報告の郵送がきて、２点足らずで不合格だったことが判明。<br />悔しいには悔しいが、全くの自宅学習でそこまでいったことに正直びっくり。<br />それも正味半年の受験勉強。まあ、結果がすべてですが。そして、慶応は？<br /><a name="more"></a>

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<title>半生日記6</title>
<description>国語、社会はともかく、こつこつとした勉強が必要な英語は、学力はほとんど、無い状態。また、予備校も通学をやめていたので、完全な独学。そこで、読解力、文法、英作文、単語の大きなジャンルに分けて、薄いのでは不安でしたので、中くらいのボリュームのものを、各１冊購入し、いわゆる、潰す。（とはいっても、反復するだけでしたが）という、作業にはいりました。暑い８月、当時は現在みたいにエアコンなどあろうはずもありません、。扇風機のみをたよりに、ともかく、すきなテレビを忘れ,ひたすら、この作業に...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-11T22:18:26+09:00</dc:date>
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国語、社会はともかく、こつこつとした勉強が必要な英語は、学力はほとんど、無い状態。<br />また、予備校も通学をやめていたので、完全な独学。そこで、読解力、文法、英作文、単語<br />の大きなジャンルに分けて、薄いのでは不安でしたので、中くらいのボリュームのものを、<br />各１冊購入し、いわゆる、潰す。（とはいっても、反復するだけでしたが）という、作業<br />にはいりました。暑い８月、当時は現在みたいにエアコンなどあろうはずもありません、。<br />扇風機のみをたよりに、ともかく、すきなテレビを忘れ,ひたすら、この作業にはいりました。<br />しかし、秋口に入り、涼しい秋風が吹くようになっても、依然、学力は低空飛行のまま。<br />実力がついたという感じは全くありません。英語の長文問題を読んでも、知らない単語の<br />オンパレード、不安ばかりが募ります。社会は世界史でしたので、これは高校時代の教科書<br />を反復して、暗記するのみ。国語は時間がないので完璧にすてました。日々、英語と社会<br />の繰り返しで、終始しました。勿論、世間はクリスマスだ、正月だと浮かれていますが、<br />当然のようにそんなものは無縁。その頃には一日１０時間以上は、内容はともかく、机<br />に向かっていました。今考えてみれば、一つの事に集中したのは、これが人生で最大の<br />イベントでした。１月に入り、寒さも格段と増し、鉛筆を持つ手がかじかみ、鼻水が<br />垂れ流し状態になりながらも同じ教材を繰り返し、繰り返し勉強しました。そして<br />２月は私大の受験月、早稲田、慶応、中央と２浪覚悟で願書提出。自分の実力、<br />やってきた、教材の幅の狭さを考えると、身の縮こまる思いでしたが、こうして、<br />私の人生の最初の賭けが始まったのです。<a name="more"></a>

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<dc:date>2007-12-11T22:18:26+09:00</dc:date>
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<title>半生日記5</title>
<description>受験日はすぐ、やってきました。一応、北九州一の進学校だったので、、周りはみな、国立を受けます。しかし私は、そんな実力は皆無。しかし、一応形だけは国立を受験。旅行気分で北海道へ。東京へは滑り止めの私立大学を受けに。結果は？当然、全滅。３月にはさみしく、浪人確定。暗い、暗い春がはじまったのです。すべて身から出た錆とはいえ、現実は非常につらいものがありました。それと同時に父親が再び、東京へ転勤。高校時代の友人とは離れ離れ。孤独感もあいまって、この時期、精神的に、非常につらい、ものが...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-09T20:59:03+09:00</dc:date>
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受験日はすぐ、やってきました。一応、北九州一の進学校だったので、、周りはみな、<br />国立を受けます。しかし私は、そんな実力は皆無。しかし、一応形だけは国立を受験。<br />旅行気分で北海道へ。東京へは滑り止めの私立大学を受けに。結果は？当然、全滅。<br />３月にはさみしく、浪人確定。暗い、暗い春がはじまったのです。すべて身から出た錆<br />とはいえ、現実は非常につらいものがありました。それと同時に父親が再び、東京へ<br />転勤。高校時代の友人とは離れ離れ。孤独感もあいまって、この時期、精神的に、非常<br />につらい、ものがありました。４月には東京都内の大手予備校へ入学。しかし、２００人<br />単位の大人数の授業に全くなじめず、５月には全く通学しなくなりました。自宅に籠って<br />勉強と決意したのですが、こんなせっぱつまった状況でも、幼少よりの悪癖、これは<br />、現在もなおってはいませんが、そう、テレビ病です。参考書を見る代わりに、<br />新聞のテレビ番組欄とくびっぴきで、自分のすきな番組を探し出して、、その時間<br />がくると、テレビの前は。まさにテレビ漬けでした。そんな生活をしている、うちに<br />時は、早、８月。さすがの私も、なんらかの決断と実行をしなけらばならない、時期<br />にきていたのです。私の志望は身の程しらずの、国立理系。受験科目だけでも、９科目<br />あります。一日の勉強時間が３０分ほどの自分には到底、無理な志望。そこで、夢を<br />あきらめ、急きょ、一番、科目の少ない、私立文系へ鞍替え。私立文系、は、国、社、英<br />の３科目。残り、半年しかない、自分には、もうこれ以外の選択肢しか、残っていなかったのです。<br /><a name="more"></a>

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<title>半生日記4</title>
<description>それまで、白黒テレビで、わからかなかったのですが、実は当時は、番組は、一部カラー放送で通常は黒白放送、ゴールデンタイムだけカラー放送だけだったのです。従って、夕方は黒白放送、２０時からのカラー放送を待たなければならなかったのです。しかし、その日初めて我が家で見た、カラー放送、その感動は今でも忘れません。それまで、カラーは映画館だけ。それが我が家で見れるなんて。まさに夢見心地。人気歌手の衣装の色も、それまではわからなかったのが、色鮮やかに再現されて、驚愕の連続。まさに、第２の娯...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-07T21:49:20+09:00</dc:date>
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それまで、白黒テレビで、わからかなかったのですが、実は当時は、番組は、一部カラー放送<br />で通常は黒白放送、ゴールデンタイムだけカラー放送だけだったのです。従って、夕方は<br />黒白放送、２０時からのカラー放送を待たなければならなかったのです。しかし、その日<br />初めて我が家で見た、カラー放送、その感動は今でも忘れません。それまで、カラーは<br />映画館だけ。それが我が家で見れるなんて。まさに夢見心地。人気歌手の衣装の色も、<br />それまではわからなかったのが、色鮮やかに再現されて、驚愕の連続。まさに、第２の<br />娯楽の到来です。生粋のテレビっ子だった私のテレビ視聴時間は延びる一方。カラー<br />放送であれば料理番組までみる、始末。当然、勉強時間は少なくなる、一方。受験勉強しなければ<br />ならない、身としては、致命的。成績は下がるばかり。危機感一杯感じる事は感じたものの、<br />テレビ視聴時間は減るどころか、増える一方。高校三年になっても、この生活態度は、全く、<br />変わりませんでした。特に洋画放送は当時の私には魅力的で欠かさずみたものです。淀川長治の<br />日曜洋画劇場は、彼の最初と最後のトークの面白さもあって、大のお気に入りでした。<br />さらに、悪いことに、せいせきの下降に加え、１．２あった視力もみるみる下降。０．１に<br />ついに、眼鏡の購入にいたったのでした。正直、勉強もほとんど、していないのに、<br />視力が下がったのは、さすがにショックで、当時の幼稚な私でさえ、今までのテレビ三昧の<br />生活に危機感を覚え、あわてて、本屋へ駆けつけ、親にせびった金で受験参考書を、<br />一式購入。少しは受験勉強をやる気になったのでした。しかし、時は高校３年の１２月、<br />受験はもう、目の前でした。<a name="more"></a>

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<title>半生日記3</title>
<description>そんなこんなで高校時代、ちょうどこのころ、父親の転勤で、北九州市、小倉に引っ越し。生まれてから、主に東京しか、生活した事ことがなかった、私には、かなりのカルチャーショック。まず、一般家庭はほとんどが、あのなつかしい、汲み取り便所。そのころは東京は少なくとも、２３区はほとんどが水洗便所。仮にも１００万都市、北九州市の中心である小倉でもその程度。下水道の完備も十分でなく、みちの両脇にはどぶが！！そのせいか夏になると、蚊、ハエが大量発生。子ども時代の記憶が鮮明に蘇る事しばしば。また...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-05T22:05:35+09:00</dc:date>
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そんなこんなで高校時代、ちょうどこのころ、父親の転勤で、北九州市、<br />小倉に引っ越し。生まれてから、主に東京しか、生活した事ことがなかった、<br />私には、かなりのカルチャーショック。まず、一般家庭はほとんどが、あの<br />なつかしい、汲み取り便所。そのころは東京は少なくとも、２３区はほとんどが<br />水洗便所。仮にも１００万都市、北九州市の中心である小倉でもその程度。<br />下水道の完備も十分でなく、みちの両脇にはどぶが！！そのせいか夏になると、<br />蚊、ハエが大量発生。子ども時代の記憶が鮮明に蘇る事しばしば。また、私の通っていた、<br />県立高校は坊主頭が校則。かばんは肩掛けの布製。もちろん靴はズック。また微妙な方言に<br />悩まされながら、私の九州生活が始まったのです。この頃の生活の変化の最大のものは、<br />我が家がカラーテレビを購入したことです。当時の大卒の初任給は２万弱。カラーテレビは<br />なんと１９インチで２０万。父親も奮発したものです。ただし、父親はごく、普通の<br />サラリーマンです。念の為。それまで、電気屋でちらほらカラーテレビを見ていたものの、<br />夢のまた夢。縁遠いものでした。それが我が家でみれるとは！配達予定の日はあいにく<br />学校。一刻も早く家に帰りたくてしょうがありません。終業のベルがなるや否や、<br />脱兎のごとく教室を飛び出し、一目散へ家へ。玄関を開け、テレビの設置されている、<br />今へ。早速スイッチを入れると、鮮やかなカラ画面がとおもいきや、そこはいままでと<br />変わりない、黒白画面が？・・・・・・・なぜ？<br /><a name="more"></a>

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<title>半生日記2</title>
<description>さすがに中学入学の頃になるとガス風呂が普及し、銭湯に通う家庭も減ってきました。また、悪名高き汲み取り便所も水洗化し、日本人の生活も段々に西洋化の波が押し寄せてきました。もっとも、今の西洋式の便座と違ってしゃがみ式の和式がほとんどでした。そんな、清潔感あふれる環境も大都会だけの話。大都市郊外、地方はほとんど、旧来の汲み取り便所のまま。あの独特の目にしみる、アンモニアの刺激臭、いま考えるとなつかしい気がしますが、もうあの頃の環境には戻れないでしょうね。ちなみに、ハエ取り紙って、知...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-03T23:15:23+09:00</dc:date>
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さすがに中学入学の頃になるとガス風呂が普及し、銭湯に通う家庭も減ってきました。<br />また、悪名高き汲み取り便所も水洗化し、日本人の生活も段々に西洋化の波が押し寄せて<br />きました。もっとも、今の西洋式の便座と違ってしゃがみ式の和式がほとんどでした。<br />そんな、清潔感あふれる環境も大都会だけの話。大都市郊外、地方はほとんど、<br />旧来の汲み取り便所のまま。あの独特の目にしみる、アンモニアの刺激臭、いま<br />考えるとなつかしい気がしますが、もうあの頃の環境には戻れないでしょうね。<br />ちなみに、ハエ取り紙って、知ってますか？当時は今と違って、大規模スーパー<br />などない時代。買い物はほとんど、個人商店、つまり、魚屋さん、八百屋さん、<br />パン屋さん、かいものかごをもって、それらの商店にいくのが普通でした。<br />特に魚屋さんは冷蔵ショーケースなどまだ珍しい時代でしたから、ほとんど、<br />保冷は、並べた魚に氷がかけてあるだけ。夏などは、においにつられた、<br />蝿の大群にたかられる始末。そこで、ハエ取り紙の登場です。天井が何本<br />もつるした、何本もの、粘着テープ、そこにびっしり！！とハエがつき、<br />今みたら、卒倒しそうな光景が、どこの魚屋さんでも繰り広げられて<br />いました。それでも、みんな、当たり前のように、魚を購入していました。<br />たとえ、それを食べて、現代でいう、食中毒の症状になっても、<br />なになににあたった。それで腹壊した。なぞ、その程度で終わっていました。<br />そんな時代だったのです。<a name="more"></a>

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<title>半生日記</title>
<description>私は現在、５０代半ば。当然のように小学校、中学校時代は、OA機器などあろうはず、もなく、計算はそろばん、あるいは手書き計算が当たり前、そろばん塾が町のそこかしこにあった時代でした。家庭にあるのは真空管の黒白テレビ。よく、故障しました。とくに、チャンネルは回転式のもので、すぐ接点がすりへり、手で保持しなければ、チャンネルが確定できない、などの光景が近所の家庭でも普通にみられた、ものです。私が、６歳、７歳頃、我が家が初めてテレビを購入した頃は、毎日、夕方になると、近所の子供達が大...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>ふみ</dc:creator>
<dc:date>2007-12-01T21:44:54+09:00</dc:date>
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私は現在、５０代半ば。当然のように小学校、中学校時代は、<br />OA機器などあろうはず、もなく、計算はそろばん、あるいは<br />手書き計算が当たり前、そろばん塾が町のそこかしこにあった時代<br />でした。家庭にあるのは真空管の黒白テレビ。よく、故障しました。<br />とくに、チャンネルは回転式のもので、すぐ接点がすりへり、<br />手で保持しなければ、チャンネルが確定できない、などの光景<br />が近所の家庭でも普通にみられた、ものです。私が、６歳、７歳<br />頃、我が家が初めてテレビを購入した頃は、毎日、夕方になると、<br />近所の子供達が大挙して押し寄せたものです。また、特筆すべきは<br />冷蔵庫。現代とは違って、電気で冷やす方式ではなく、氷の塊を<br />上部に入れて冷やす方式で、氷は毎日氷屋さんが配達してくれたものです。<br />４０代以下の人はしんじられないでしょう。でも、昭和３０年代は、<br />日本の大都会でもこんな感じだったんですよ。ちなみに私は、東京の品川です。<br />もちろん、家に風呂があるのは珍しい方で、大抵は銭湯通いです。<br />あったとしても、薪でたくのが普通、ガス風呂なんか、見たこともないくらい。<br />洗濯は洗濯板とたらい。冬なんか手がちぎれそうでした。この状況は、中学入学くらい<br />まで続いたと記憶しています。<a name="more"></a>

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